オペラいろは歌留多「な」
オペラ・ファンの皆さん、今日は。春や春、春爛漫のオペラかな――。花見が済んで、お次はどんな〝華〟を見ますか。
さて、前から不思議に思ったり、何やら腹立たしい想いに駆られたりしていることがあります。とは申せ、別に天下の一大事じゃない。聖火リレーがどうの、ということでもありません。DGやDECCAなどのメジャーレーベルのDVD――LDでは出ていたのに、なかなかDVD化されなかった演目が出現(ベームの『ナクソス島のアリアドネ』なんか)し始め、やれうれしやと思っていますと、輸入盤は全て日本語字幕無し。ところが中国語なんてものが入っています。さすがにチベット語はありませんが。もっとも、このままで行くと、ハングル字幕入りが当たり前になったりして――。もちろん日本ではライセンス契約しているレーベルだから、仕方が無いのですが、これが問題です。国内盤が出るのはまだしも、出ない演目も数多いし、出たのはよろしいが、お値段が気に食わない。倍以上します。契約条件プラス字幕入りで、そんなにも違う? 最初から国内発売する予定の無いものは、字幕を入れさせて、正規輸入すればよい。平行輸入よりは、多少割高でも、それはガマンしましょう。
それにしても、中国人はオペラのDVDを良く見るのですかね。マグロの買占めだけじゃ無いのですね。売れる数は1万? 5千? 逆に日本では1,000枚も売れない?
昔々、こんな話を聞いたことがあります。東芝EMIが、独エレクトローラ原盤のオペレッタ・シリーズを出してくれていました。この島国では、『メリー・ウィドウ』しか作曲していない、みたいなレハールも、『微笑みの国』が出て『パガニーニ』なんかまで現れました。輸入LP盤で手元にあった『白馬亭にて』なんかがいよいよ出るぞ、と思っていたら、突然発売されなくなりました。何でも2,000セット作って、実売は700セット程度だったのだそうです。これじゃヤーメタってことになりますわな。
ライブじゃなくて、スタジオ収録とは申せ、ユニテルのオペレッタDVD。コスト・ダウンした商品が現れましたが、これって大変ありがたいですね。日本ではひっくり返っても日の目を見ないオペラレッタが、字幕入りで見られるのですから。そうそう、メルビッシュの湖畔オペレッタ祭、今年はいよいよ(!)『白馬亭にて』ですね。これはNHKがまずはBShiで見せてくれるでしょう。これでやっとチョー楽しいオペレッタの字幕入りが見られる!
Arthausというドイツのマイナー・レーベルがあります。『ベルリン・フィルと第三帝国』なるDVDが出ました。国内盤ではありません。でもしっかり字幕が入っています。同じレーベルに『フェルゼンシュタインの芸術』というのがあります。これは残念ながら、日本語字幕無し。これは何を物がるのか? 前者はそこそこ売れると見たのでしょう。フルトヴェングラーは売れる国ですから。でも、コーミッシェ・オーバーの大演出家なんて、売れっこない――そう思われたのでしょう。妥当な理解ですよね。このレーベル、国内での発売契約が無いせいか、一応日本人の購買層に期待して、比較的字幕の入るアベレージの高いものです。しかし、肝心の『タンクレディ』に字幕がありません。何しろ、この極東の島国は、今年08年は、「ロッシーニ元年」なのですから、外国のレーベルにもご協力いただきたいのです。廉価盤の雄(もっとも日本ではその真価は見られませんが)NAXOSが、オペラのライブ映像を、シリーズで発売開始。これからの展開は期待出来そうなのですが、字幕入りは悲観的。問い合わせましたが、ネガティヴな返答でした。
外国の発売に比較して、国内盤の発売は遅い。しかも、極端に(出盤数が少ないからとて)売価が高い。英語字幕で事足れリとする人は、安くて早く手に入る輸入盤を買う――だから、その分国内盤は売れない。本当は売れるものまでも逃して伸び悩む。これが現状ですよ、メーカーさん。
オペラいろは歌留多 『な』 永井青年こそはオペラ・ファンの元祖なり
ぼくは何故か、多分老成していたものか、要はヒネていたのか、若い頃に永井荷風の小説や訳詞を愛読したものだった。『腕くらべ』『濹東綺譚』などはもちろんのこと、『すみだ川』や『日和下駄』から訳詩集『珊瑚集』や何か。そして無論のこと、『あめりか物語』と『ふらんす物語』を――それも、ほとんど元版を集めて読んでいた。しかし、若い頃の読書で、何が頭に入っていたのであろうか。
松田良一氏の労作『永井荷風オペラの夢』(音楽之友社、92年)は、ぼくに荷風先生を思い出させる格好の1冊で、何より興味溢れる事実を教えてくれた本だ。文豪の中で、若き日に外国生活を体験した人々――誰もがまず思いつく、森鴎外と夏目漱石、この2人のうちでは、どちらかというと、ドイツに留学していた鴎外・林太郎青年の方が、ワーグナーなんかを見ていた可能性は強いだろう。それは事実だそうで、その間の事情は好著『漱石が聴いたベートーヴェン』(瀧井敬子氏、中公新書)に詳しいが、一番のダントツの西洋音楽体験者、中でもオペラ体験の人として、若き日の荷風、永井壮吉青年くらい経験豊富な人は、他に見当たらない。松田氏の本には、彼が見聞した全てのオペラやコンサートのデータが記載されている、念の入りようなのだ。ニューヨーク、もちろんMETでだが、あのカルーゾの歌ったロドルフォやカヴァラドッシを聴いているのだから、これはスゴイものだ。
更に凄いのは、オペラという舞台芸術の理解の程であろうか。観客が理解して楽しみ、そして心の満腹感を得るオペラとは何か、どうあるべきか――芸術至上主義だけが、オペラの主命では無い、と見破った壮吉青年の慧眼とその耳の良さ。もちろんワーグナーは別格として理解した上での、オペラのエンターテインメントとしての存在を知ったのだった。江戸の庶民文化の華である歌舞伎に、いわば「お代は観てのお帰り」といった風な心意気を知り尽くした、この人だからこそ、ニューヨークでそしてリヨンで、いろんなオペラの名舞台を楽しんだのだろう。
どんなオペラを楽しんだのか
松田氏の調べを参考に、紹介してみようか。
まずイタリア・オペラ。ドン・パスクワーレ/ランメルモールのルチーア/ラ・ジョコンダ/リゴレット/ラ・トラヴィアータ/アイーダ/カヴァレリア・ルスティカーナ/ラ・ボエーム/トスカ/フェドーラ――立派なものじゃありませんか。お次はドイツ・オペラ。タンホイザー/ローエングリーン/ラインの黄金/ワルキューレ/ジークフリート/トリスタンとイゾルデ/ニュールンベルクのマイスタージンガー/パルジファル/ヘンゼルとグレーテル/ドン・ジョヴァンニ――見事な演目だ。そしてフランス・オペラ。ファウストの劫罰/サッフォ/ファウスト/ロメオとジュリエット/ラクメ/カルメン/マノン/ウェルテル――素晴らしい。
珍しいところでは、フランスの作曲家フェヴリエの『モンナ・ヴァンナ』、ユゴーの戯曲による『ルイ・ブラス』(イタリアのマルケッティ?)なんかがあり、他には『クロイツェル・ソナタ』『パウロとフランチェスカ』『シーザーとクレオパトラ』『マドレーヌ』などが列記されているが、ぼくの乏しい資料では作曲家は特定出来なかった。中で『パウロとフランチェスカ』とあるものは、『フランチェスカ・ダ・リミニ』かも知れぬが、そうだとしても年代的にはこれはザンドナーイじゃなくて、トマかも知れない。
ワーグナーについては、これだけの作品――見ていないのは『さまよえるオランダ人』と『神々の黄昏』だけじゃないか!――を見たことも凄いが、何しろ『パルジファル』などはバイロイト封印の禁を破った、その舞台(シーズンは違うが)を見ているのだ。
しかし、壮吉青年には満足いくオペラでは無かった(!)ようで、彼によれば「老成と云ひ完全と称するもの果たして芸術の最上なるもの」か――というのだ。どんな仰々しい解説を読まされたか知らぬが、これはなかなかの批評精神ではなかろうか。
「余は深き感動に打たれ詩歌の極美は音楽なりてふワグネルが深遠なる理想の幾分をも稍窺得(ややうかがいえ)たるが如き心地し無限の幸福と希望に包まれて寓居に帰りぬ」――
これはMETで明治39年つまり1906年の1月5日に見た、『トリスタンとイゾルデ』の感想だ。
松田氏によれば、青年が好んだワーグナーは『タンホイザー』だったそうだ。また好きなオペラは『カルメン』だったらしい。
オペラの台本作家を志した永井青年
外国生活の中で、青年が故国に書き送った音楽エッセイ『オペラ雑感』は、明治41年3月発行の『音楽界』誌に掲載された。この文章は、確か全集には未収録だったが、今では岩波文庫の『ふらんす物語』で読むことが出来る。日本人最古のオペラ・リポート!
荷風は一頃真剣にオペラ台本の作家を志したという。彼が書いた『葛飾情話』なるリブレットは、明石市出身の菅原明朗なる人物によって作曲され、昭和13年の5月に浅草で初演されたそうだ。
「文化のあらゆる発展は、具象的な物から抽象の世界へ歩むのである。音楽もこの原則にはずれていない。それなのに、日本では、ヨーロッパ音楽の研究書が、楽理、交響楽等等……抽象的研究書が多く、具象的研究書が非常に少ない(…)」――実は、この文章は菅原明朗氏がある音楽書に寄せられたものの書き出しである。本とは、『ベッリーニ~
生涯・芸術・作品』(レズリイ・オーリイ、加納泰氏訳、東京音楽社、81年刊)。今日に至るまでただ1冊だけの、この天才の評伝だ。翻訳された加納氏は、音楽学者でも評論家でも無かったが、まずフランシス・トイ『ロッシーニ~生涯と芸術』を音楽之友社から翻訳出版され、続いてこの本を、と望まれたが「ベッリーニはポピュラリティがない」との理由で断られ、やっと10年後に日の目を見た。活字にならなければ、ぼくたちはベッリーニについて書かれた本を、1冊も読めなかったのだ!
それはさて置き菅原氏作曲の『葛飾情話』だ。このオペラに関しては、先に紹介した瀧井氏の新書本に詳しいが、当時の客受けは上々だったという。これは何を物語るか。アリアはすぐにレコード化されたとも。この時のSP音源がCDに復刻されたらしいが、未聴だし、また楽譜が見つかったとかで、1度蘇演されたと記憶する。
東京へ出て女優にならないか、との誘いに乗って、恋人を捨てた女。その男を憎からず想っていた別の女と男は一緒になる。子供は出来てもまだ籍を入れていない2人。ある時女の父が選挙運動に絡み、警察に逮捕され、裁判などの費用がかかるからとて、身売りして金を作る破目に陥る。そこへ時が立って落ちぶれた女が帰って来る。事情を知った彼女は、病まで得た今、何の未来があろう、とかつての恋人のために自らが犠牲になろうと決心する。――日本のヴェリズモ・オペラだ。何の取柄も無い男に尽くす女を描いた、本家のオペラ台本よりは余程気が利いているプロットだ。
荷風その人こそ、どんなオペラを書けばいいものか、心底理解していた人物だった。
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