« オペラいろは歌留多「な」 | トップページ | オペラいろは歌留多「む」 »

オペラいろは歌留多「ら」

 オペラ・ファンの皆様、今日は。爽やかな5月、大型GWも無事過ぎて、どのようにお過ごしですか。今年は何と何と、ロッシーニ元年ですね。大阪ではまずビッグ・イベントが――そうです、やっとのことに、あの『ランスへの旅』が関西圏初上演されました。東京から、佐藤美枝子さん(コリンナ)や久保田真澄さん(ドン・プロフォンド)などを招いて、関西の歌手の総力を結集(!)した舞台――いずみホールの「ホール・オペラ」公演の演目として、このオペラが思い切り良く選ばれたものです。演出家岩田達宗さんの「プロデュース・オペラ」第2弾でしたが、歌手たち全員の大健闘もあって、そのノリノリの演唱が、客席も大いに乗せてくれました。始めはお手並み拝見とばかりに出掛けた小うるさいファンたちも、その頑張りように大拍手でした。もちろん、ぼくも大満足。思い起こせば、このオペラが84年にペーザロで復活、その時の映像を手に入れた人がおり、ぼくも見せられたものでしたが、何たるオペラ! と、ぼくみたいなロッシーニ・オンチでもカルチャー・ショックでした。
 アッバードは都合3度も、このオペラの映像収録をさせていながら、後のウィーンもベルリンもですが、どれ1つ映像ソフトになっていない不思議。もっともベルリン・フィル定期の、これまたホール・オペラは、いつぞやWOWOWで放送し、字幕付きで楽しめました。この時は今をときめくフリットリがチョイ役でっせ! CDと同じ面子です。ウィーンも、あのブライアン・ラージ映像監督なのに、商品化されていませんね。
 関西二期会の『セビリャの理髪師』に続いて、6月にはスポレート歌劇場の『ラ・チェネレントラ』が見られます。これで『セビリャ~』じゃなくてせめて『アルジェのイタリア女』だったら、言うこと無し、だったのですがね。でも『ラ・チェネレントラ』とは嬉しいですね。このオペラ・ブッファのお手本みたいな傑作は、バルトリのヒューストン録画のような舞台だと、まさしく傑作そのものですね。まだ見ぬ人は、シンデレラ物語というイメージを忘れてご覧になるべし。冒頭の主な人物たちの出揃うまでの、台本の仕立て方と音楽展開に、まずはご注目あれ。新国も天晴れなことに、カサロヴァを呼ぶというではありませんか。

 オペラいろは歌留多 『ら』 ライバルは時代を超えて存在し

 「(…)まれにみる力強い声、切れ目のないレガートと申し分のないコロラトゥーラの持ち主で、強烈な音楽性と劇に対する権威者としてすばらしかった(…)」。
 ここに引用したのは、『オックスフォード・オペラ大事典』日本語版(大崎滋生・西原稔両氏監訳、平凡社)の中から、あるアメリカ人ソプラノ歌手の項の1部である。
 え、マリア・カラスだろうって? あなたもそう思われますか? 実は違うのです。その人の名は、ローザ・ポンセル(1897~1981)。METデビューは1918年、爾来37年に早い引退をするまで、並ぶもののないディーヴァだったそうだ。
 ロンドンやフィレンツェでも歌い、あのセラフィンをして「奇跡」と言わしめたという。
 レパートリーを見てみよう。デビューは『運命の力』のレオノーラだった。十八番はジュリア(ヴェスタの巫女)、ノルマとヴィオレッタ(!)、アイーダ、ジョコンダ、などなど。他にメッゾ・ソプラノの持ち役であるサントゥッツァやカルメン(引退時の出し物)を歌い、「アルトのような声の持ち主」とさえ言われたと、物の本にある。カラスそのものではありませんか!
 ぼくは思い立ってCDショップへ出向き、何か録音が無いかと探してみた。NAXOSレーベルに2種類の録音がCDに復刻されていた。1枚はヴェルディのアリア集、もうひとつは『ラ・トラヴィアータ』全曲。これは35年の1月5日のMETライブ。ラジオ放送されたものが音源で、幕間にはアナウンサーのナレーション入りというご念の入ったものだ。比較的聴き易い録音で、カラスのスカラ座ライブでも、アルフレードをジャンニ・ライモンディが歌った録音などとは大違いだ。半信半疑の向きは、どうぞお試しあれ。
 問題は、ヴェルディのアリア集である。何が問題かというと、同じ音源(18~28年のSPディスク用の録音)を復刻したCDを、2種類聴き比べる機会があり、非常に興味深いことが判明したものだ。レーベルが違うから、と言うもおろか、全然声の音質が違うのだ。

 あのカラスが意識したその声!
 片やメッゾぽい低域に支えられたドラマティックそのものの声、もう一方は、それに比べるといささか線の細い声――これってどちらがホンモノの声を伝えている録音なのか?
 前者はイタリアでリマスタリングされたCD(Vocal Archivesなるレーベル)で、もうひとつはNAXOS。前述した「アルトのような声」として捉えるならば、断然イタリア盤を採りたい。しかし、それにしても見事な歌いぶりだ!
 ポンセルは最初、ブロードウェイのヴォードヴィルに出ているところを、METのオーディションを受けるように勧められ、あの大歌手カルーゾに認められたのだそうだ。アメリカ人(イタリア移民)らしい経歴だ。ミュージカル『ウエストサイド・ストーリー』のオリジナル・キャストの1人だった、ぼくの大好きなレリ・グリストの大先輩――。
 アリア集には全部で16曲が収められているが、SP音源に違いは無くとも、一聴の価値はあろうと申すもの。ぼくはもともとこの種のSP録音には余り興味を覚えていない。だからカルーゾやジーリを積極的に聴こうとは思っていないし、ソプラノ歌手だって、リリー・ポンスや何かに触手は動かない。その手の落穂拾いは、このポンセルで打ち止めだ。これはあくまでも、カラスを理解するがための方便に過ぎない。しかしカラスは、ポンセルを引き合いに出されることを嫌ったそうだ。幸福な結婚をして、未だ余力の残っているうちにさっさと引退してしまった、その潔さに、己が人生の踏み間違った道を思い起こして、忸怩たるものがあったのだろうか。ご両人はヴィオレッタを得意とし、またノルマをも十八番としたディーヴァだった。それに、カラスを見出したマエストロ・セラフィンは、ポンセルを聴いて「奇跡」とまで言ってのけた。カラスにとっては、当然のことに、面白くなかったに違いない。

 時を経たライバル出現は、やはり奇跡だ
 カラスのスタジオ・レコーディングのほとんどを手掛けた、ウォルター・レッグ。氏はカラスについて書いた文章(『レッグ&シュヴァルツコップ回想録~レコードうらおもて』河村錠一郎氏訳、音楽之友社)の中に、セラフィンの言葉を紹介している。「今世紀(注、20世紀)最高の歌手たちと60年にわたって仕事をしてきた人」の発言として、「私の長い生涯に、三人の奇跡に出会った――カルーソー、ポンセルそしてルッフォだ。この三人を除くと、あとは数人の素晴らしい歌手がいた、というにとどまる」と。
 カラスを「発見」し、手塩にかけて育てたマエストロなのに、彼女を奇跡の仲間入りさせていないのだ! カラスとて「数人の素晴らしい歌手」の1人に過ぎなかった!
 イギリスの高名な音楽評論家アーネスト・ニューマンは「彼女は素晴らしい。だが、ポンセルではない」と言ったとも(前掲書)。
 それにしてもどうだ、20世紀を代表する2人のディーヴァが、共にアメリカ生まれだったとは! ここでマエストロに逆らってみよう。カラスがポンセルとは違い、太陽では無く月であったとしても、ぼくたちにとってのマリア・カラスはやはり「奇跡」そのものであった――。本来奇跡はそう度々起きるものではないが、ポンセルと同時期では無く、その後の世代に、天は気紛れにもまた1人の「奇跡の人」をこの世につかわしめた。いわばセラフィンは、己が短い人生に、そんなに何度も「奇跡」が起きるはずが無い、と思ったに相違ない。マエストロの自伝は、イタリアでは出版されたものか? そこで、「奇跡は繰り返す」とは書いていないものだろうか?
 言ってみれば、セラフィンは幸せな人だった。この2人とも指導出来たのだから。そんなマエストロも、日本では偉大な指揮者の仲間入りをさせてもらっていない。オペラしか指揮しなかったからだ。
 カラスには、生涯にわたり、言葉通りのライバルは存在しなかった。テバルディは、ノルマはおろか、ヴィオレッタでさえも不得意だったので、本来はライバルなんかじゃなかったのだ。アイドル的人気度だけが、この2人のディーヴァを不必要に惑わせたに過ぎない。
 カラスがいみじくも言ってのけた如く、「シャンパンとコカ・コーラを比べる」ようなものだった。もちろん、どちらがシャンパンと決め付けたものでは無かった。

|

« オペラいろは歌留多「な」 | トップページ | オペラいろは歌留多「む」 »

オペラいろは歌留多・ら」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/401274/21069792

この記事へのトラックバック一覧です: オペラいろは歌留多「ら」:

» ロッシーニ「ランスへの旅」 [オペラの夜]
<いずみホール・オペラ/プリミエ即千秋楽> 2008年5月10日(土)16:00/いずみホール 指揮/佐藤正浩 ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団 ザ・カレッジ・オペラハウス合唱団 演出/岩田達宗 照明/原中治美 コリンナ/佐藤美枝子 シドニー卿/井原秀人 メリベーア侯爵夫人/福原寿美枝 リーベンスコフ伯爵/松本薫平 ドン・アルヴァーロ提督/牧野正人 フォルヴィル伯爵夫人/尾崎比佐子 騎士ベルフィオーレ/清水徹太郎 コルテーゼ夫人/石橋栄実 詩人ドン・プロフォンド/久保田真澄 トロンボノク男爵... [続きを読む]

受信: 2008年6月16日 (月) 23時13分

« オペラいろは歌留多「な」 | トップページ | オペラいろは歌留多「む」 »