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オペラいろは歌留多「む」

 オペラ・ファンの皆さん、今日は。お暑いですね、というも愚かな、猛暑ですね。劫暑という言葉もあるらしいのですが、まさしく劫火の劫に相応しい。ジパング熱帯化現象ですな。
 この暑い最中に、実はステキな催しがあります。京都は下鴨神社、糺の森で毎年お盆の頃に開催される、古書即売会――。木立の中に、関西を中心に、50店舗もの古書店が軒を連ね、稀本、珍本から雑本のたぐいまで、本また本の山。
 降ってくる蝉時雨を聞きながら、数時間の時を過ごします。首にタオルを巻きつけて、暫し汗の素は口にせず、ひたすらに本の山と戯れます。ふと頬を撫でる微風――そんな時に、きっとお目当ての一冊が……。涼しいものですよ。
 いい加減探し終わると、ズッシリと重いバッグを片手に、下鴨大通りへ――そしてとある店へ、一目散。大津の山の中、鯖街道花折れの出店があります。名物鯖寿司をあしらったお昼のお膳をいただきながら、ノドに流れ込む冷たい麦酒の美味さといったら!
 こういった古書市では、何が転がっているか分かりませんが、世界戯曲全集の端本や何かに、出会うこともままあります。オペラの原作になった、戯曲――『椿姫』や『トスカ』、『ドン・カルロス』に『カヴァレリア・ルスティカーナ』『お蝶夫人』エトセトラ。
 ぼくの手元に、毎年一冊また一冊と、得がたい本たちが集まりました。さて、今年は何が見つかるものやら。これも運命の力なり。
 
 オペラいろは歌留多 『む』 無視されたプリマ・ドンナに拍手を

 LP時代に楽しんだライブ・レコーディング――データを見ると、81年3月23日とある。ニューヨークはリンカーン・センター、METでは無くて、NYフィルの本拠エイヴァリー・フィッシャーホールでの録音。ジョーン・サザーランドとマリリン・ホーンに、パヴァロッティが参加したコンサートだ。ボニング指揮のNYシティオペラのオーケストラがバックを務めた、アリア大会。DECCAが録音し、2枚組のLPレコード・セットとして発売された。国内盤は出されず、CDになってやっと日の目を見たが、評論家某氏は「この場に居合わせなかったことは幸せだった」と書いたものだ。サザーランドとホーンを蛇蝎の如くお嫌いだったセンセーは、このオールスター・ゲームのホームラン競争みたいなコンーサートはご趣味じゃなかった。
 ヴェルディ、プッチーニ、ポンキエッリ、ロッシーニ、ベッリーニ――。ノリノリで歌いまくるお三方の面白さ。これがオペラの醍醐味でしょうが――悪趣味なショー・ケースと切って捨てるのがグッド・センスか? 大向こう受けは邪道なのか?
 ジョーン・サザーランド。思えばこのプリマ・ドンナくらい、無視されたソプラノ歌手は例が無い。お陰で、国内盤が出なかった録音は数多い。その相手役を務めたお陰で、ワリを食ったのがパヴァロッティだった。
 サザーランドのお陰でDECCAはベル・カント・オペラのレパートリーを充実させたし、パヴァロッティはその持ち味の最良の形を録音出来た。誰も聞いてはならぬ、と言うのは野暮と申すものなのだ。
 オペラを、人類が生み出した最高最大のステージ・パフォーマンスと思う人たちにとって、こんな一夜のご馳走はそう何度もあるものじゃなかろう。
 国内盤が出なかったDIVAの録音の中で、ぼくが好んで聴くものの一つに、ヴェルディの『群盗』がある。びわ湖ホールが日本初演をしてくれた時に、何を予習代わりに聴こうか、とCDショップで物色した時、目に留まったもの。テノールはフランコ・ボニゾッリだったが、彼とてもこれはベスト・フォームの録音だろう。パヴァロッティとは、『エルナーニ』を録音している。

 シルズよ、お前もか!
 べヴァリー・シルズ。このアメリカの生んだプリマ・ドンナも、また嫌われたものだった。お陰で、彼女のチューダー・クイーン3部作は無視され、来日も叶わなかった。
 NYシティオペラの女王は、ロッシーニの『コリントの包囲』でMETデビューを75年に果たす。何しろ、スカラ座で成功したものだった。EMIがレコーディングし、さすがにこの珍曲だけは国内盤が出た。
 75年と言えば、METが初めて来日したものだ。サザーランド、ホーンも来日。ドミンゴ来日は呼び屋のインチキ(!)だったが、パヴァロッティはやって来た。「アメリカにオペラは無かった」と書いた評論家がおり、あのドナルド・キーン先生が、「これまで自分が見て来たものは一体何だったのか?」とおっしゃった。こと、オペラや音楽では、アメリカ軽視をするのが島国の常だった。
 NHKが初めて海外のオペラ・ハウスをわざわざ録画したのは、スカラ座でもウィーン国立歌劇場でも無く、METだったのに。『セビリャの理髪師』だった。この録画は、何と世界初のカラー収録による、ライブのオペラ映像だった。
 あの時、つまり初来日のMETに、どうしてシルズは参加出来なかったのだろう。もし彼女がやって来て、ルチーアでも歌ってくれていたら、彼女の評価は少なくともカバリエと同じになっていたに違いない。カバリエだって、録音だけではとかく軽んじられそうになり、例の初来日――カラスの代役(!)のトスカはともかく、翌76年の『アドリアーナ・ルクヴルール』(NHKイタリア・オペラ)で、ファンたちが騒いだのだった。
 シルズ、サザーランド、それにホーンほどでは無かったにせよ、日本ではそれほど評価されなかったソプラノ歌手――いろいろな名唱を聞かせた割には、評価の低いプリマ・ドンナたちを思いつくままに、列記すれば、グィネス・ジョーンズ、グンドゥラ・ヤノヴィッツといったところだろうか。また、オペラでは無かったがせっかく来日したにも関わらず、ほとんど記憶されていないのが、リーザ・デラ・カーザである。彼女は1度だけ、あの大阪万博の時に、スイス政府の派遣アーチストとして単身来日し、スイス・デーにソリストとして出演し、シャルル・デュトワ指揮の読響をバックに歌った。シュヴァルツコップフの陰に隠れたこの美貌のDIVAは、東京では何でも読響の定期で、お得意のR・シュトラウスを歌ったそうだが、フェスティバルホールでは、スイスの作曲家シェックのゲーテの原作になるオペラ『エルミンとエルミラ』からアリアを2曲歌っただけだった(!)。MOTTAINAI。

 プリマ・ドンナも引退すればもうオシマイ
 シルズやレジーヌ・クレスパンのように、新聞にベタ記事の訃報すら載らないのが、オペラ歌手というものだ。あのテバルディですら、追悼文は書かれなかったのではありませんか。彼女たちは、引退した時に、もう日本では忘却の彼方だ。
 アントニエッタ・ステッラも、もう語られることは無くなった。レナータ・スコットだってそうだ。ぼくの記憶に刻まれているソプラノには、カタリーナ・リゲンツァなんて人がいる。幸いなことに、『魔弾の射手』のアガーテと『神々の黄昏』のブリュンヒルデを聴いた。
 あのカルロス・クライバーはどうやらお気に入りだったと見えて、彼が指揮してライブ録音が残っているイゾルデは、バイロイトもスカラ座もウィーンもシュトゥットガルトも、全てリゲンツァだ。
 カルロスと言うと、イリャーナ・コトルバスがお気に入りだったものか。スカラ座のミミもそうだし、ミュンヘンのヴィオレッタ。そういえば、フィレンツェのヴィオレッタは、チェチーリア・ガスディアであり、これまた似通ったタイプだろうか。余談はさておき――。
 引退して忘れ去られるのは、人情紙風船と悟れようが、まだ現役パリパリなのに無視されるとは、これは外国でもあることなのだろうか。カラスを無視した人はいただろうか?
 最近になって、サザーランドの映像を幾つか見る機会があった。ロンドンでは無く、トロントや祖国のシドニーの録画だが、トロントの『アンナ・ボレーナ』など、その凝った舞台にも驚くし、肝心のDIVAも素晴らしい。同じ『ノルマ』もお見事だ。これらはさすがにLD時代も日の目を見なかったようだが、シドニーの『ラクメ』は字幕入りで見た。
 パヴァロッティとの『連隊の娘』なんて、NYの名物テレビPBSは放送しなかったのだろうか? シルズの凝ったメークアップのエリザベス1世(ロベルト・デヴリュー)は、何とオープン・エアの劇場で上演されたものが映像になっている。しかし、日本では日の目を見そうに無い。この無視されたDIVAの双璧に、心からなる拍手を!
 
 

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