オペラいろは歌留多「ろ」
オペラ・ファンの皆さん、今日は。皆さんは、METライブビューイングという映像公開を、ご覧になったことがおありですか。メトロポリタン・オペラが、新規観客の誘致のために始めた、舞台中継です。日本では松竹さんが権利を取得して、昨年から関西でも上映が始まりました。GWの3日に、神戸文化ホールでロッシーニ「セビリャの理髪師」があったので、見て来ました。先に見た、京都南座とは大違い、どうしたことか音響がオソマツでこれはブーイング。高域がチャリチャリで、せっかくのフローレスの高音が台無しでした。機材は全て持ち込みなので、これはオペレーターの調整不足? 何としたものでしょうか?
オペラいろは歌留多※ 「ろ」 論より証拠 カイルベルトRING
ぼくがオペラをレコードを通して本格的に聴くようになったのは、やはり何といってもワーグナーだった。モーツァルトもR・シュトラウスも、ヴェルディとプッチーニも、実際のオペラ見聞の度合いと共に、次第に全曲盤の数は増えて行ったが、乏しい予算をやり繰りして、同じ曲を異なる演奏で聴き比べる贅沢は、その頃ワーグナーに限っていたようだ。LPレコード時代の最大の穴は、ベル・カント・オペラだったか。それでも、ベッリーニの『ノルマ』だけは、NHKイタリア・オペラのお陰でカラスの新盤が加わった。
世がCD時代に突入し、ベル・カント・オペラが面白くなり始め、手持ちのLPディスクにその手のオペラが少なく、仕方なく中古レコードを漁っては、決してお安くないドニゼッティやベッリーニそれにロッシーニのディスクを、ただ対訳台本欲しさにかき集めた。そうだ、こんな話が本筋ではないのだ。ワーグナーのレコードだ。ある時、確か神戸元町のヤマハだったかと記憶するが、輸入盤のコーナーで『さまよえるオランダ人』を見付けた。カイルベルトが指揮した55年のバイロイト祝祭のライブ録音。それが何とステレオと明記されていた。レーベルはRichmond。後で知ったのだが、これは英国DECCAのアメリカでの廉価レーベル(つまり米LONDONの)だった。まだ輸入盤が高価だった頃に、何故か安かったものだが、それはそのせいだった。
若死にだったカイルベルト
こんな年代のライブなのに、ステレオ録音? というのが、正直ぼくの「ン?」だった。
思い切ってこの時、二組の全曲盤を買ってしまった。もう一つは、R・シュトラウスの『影のない女』だ。気になっていたオペラだった。ベームがウィーン・キャストを揃えて録音したもので、もちろん国内盤は出ていなかった。それはさとおくとして、この『オランダ人』を振ったヨーゼフ・カイルベルト(1908-68)は、確かぼくがレコードを買ったこの頃に、NHKの招きで来日し、N響を指揮したはずだから(手兵だったバンベルク響とも来日した)、ぼくの乏しい指揮者リストの中に入っていた。まずステレオの事実を確かめるべく、早速聴いてみたが、これがれっきとしたステレオ・レコーディングだった。手元には、サヴァリッシュが指揮した、これもバイロイト・ライブの、当時世評の高かったフィリップス盤があった。そのどちらかというと、乾いた痩せ気味の音に比べて、このカイルベルト盤は何と深々とした響きだったことか。そこには確かに、あの祝祭劇場の空気が録り込まれていた! ――とこれは後年、78年になって果たせたバイロイト詣での後になって、この録音を再度聴いてみた上での、正直な感想なのだ。この録音も、LPディスクを手放してしまった今、久しく聴いていない。TESTAMENTがCD化してくれたが、それも未聴だ。
カイルベルトが『トリスタンとイゾルデ』を指揮していて、突如亡くなったのは68年のことだから、来年は没後40年だ。昨年に日の目を見た驚くべき録音テープは、人間の人に知られぬ作業の重要さを、ぼくたちにまざまざと知らしめることとなった。DECCAの録音チームは、55年のバイロイト祝祭で上演されたRING――『ニーベルングの指環』全曲を、何とステレオ・レコーディング(!)していたものだ。レコード会社の倉庫に、このお宝テープは眠っていた。この録音の存在は、実はある本にはっきりと書かれてあった。それはジョン・カルショーの有名な著作、邦題『ニーベルングの指環~プロデューサーの手記』(原タイトルRING RESOUNDING、黒田恭一氏訳、音楽之友社、68年刊)の58、59ページできっちりと触れられていた。
カルショーがスタジオ録音による、レコード録音史上初の壮挙に着手したために、この録音は封印されて会社の倉庫に眠らされた。彼自身は既に大戦後再開されたバイロイトで、1度RING全曲(51年、この時はモノ録音)を手掛けたことがあった。しかしこの時は、機器の不備(?)などで全曲収録は果たさず、唯一成功した『神々の黄昏』は、クナッパーツブッシュ入神の名演だったにも関わらず、シュヴァルツコプフのEMI専属がネックとなって、これもお蔵入りしてしまった。もっともこの録音はその後発掘されて、TESTAMENTからカイルベルトRING同様に鳴り物入りで発売された。ところが、今回日の目を見たRINGは、正真正銘のステレオ録音だった!
DECCAとEMIの録音ポリシーの差?
この年、1人の若者が録音チームに加わり、会社の上層部に、RING4部作の全ての公演と何回かのリハーサルの両方を録音するべく説得し続けたのだそうだ。彼の名前は、ゴードン・パリー。カルショーが当人に初めて会ったのは、55年の秋だと記しているが、その時パリーはベルグラード(訳書の表記。当時ユーゴスラヴィアのベオグラード?)から帰って来たばかりだったそうだ。DECCAには確か、あのチャンガロヴィッチなどの歌手たちによる、スラブ・オペラのレコーディングがあるが、この時の彼の仕事だったものか?
それはともかくとして、この人物がいたからこそ、大戦後の黄金時代といわれたバイロイト祝祭の、ハンス・ホッター、ヴォルフガンク・ヴィントガッセン、アストリッド・ヴァルナイによる名唱が記録されたのだ。それも、驚きのグッド・サウンドで!
この奇跡の録音の発掘で、ぼくのEMI不信は決定的なものになった。ウォルター・レッグは一体何をしていたのだ! カラスは不幸なことにEMI専属だったお陰で、ステレオ録音に遅れをとり、あまつさえ、その持てる声の輝きと深みと巾を、レコードの溝に刻むことが出来なかった。この歌手は、オーケストラみたいに歌う――そんな言葉の意味が、残された録音から聞き取れるものか、どうか。一方の録音で聴くテバルディの声の、たっぷりとして瑞々しい響き――それは何も彼女が「天使の声」だったばかりではない。レコード会社の、録音ポリシーの問題だ。EMIのバイロイト・ライブ、カラヤン指揮の『ワルキューレ』第3幕と、先に触れたクナッパーツブッシュ録音を聴き比べるがよろしい。同じモノ録音ながら、前者の乾いた薄っぺらな響きに呆れること請け合いだ。
ワーグナー録音には、DECCA録音チームがいた。しかし、カラスには誰もいなかった!
かつて海賊盤LPディスクの全盛期、カラスのお宝は今では英EMIが恥も外聞も無く、商品化している。その音質劣悪なライブを聴く時、カラスには誰も救いの手を差し伸べなかったことを実感するのだ。La Traviataだって、契約先はたかがイタリアのマイナー・レーベルだ。そんなに金のかかるものでも無かったはずだ。Una voce poco fa をステレオ録音したところで、もう遅かったのだ。カイルベルトRINGと同じ55年に、カラスはあのベルリン公演の『ルチーア』を、カラヤン指揮下で歌った。
DECCAだったら、正式にステレオで録音したはずだ。
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