オペラいろは歌留多「た」
オペラ・ファンの皆さん、新年の年頭に当たって、何をお考えですか。今年は年周りのスタート、「子」の年。十二支の始まりですね。世情も景気も至って不安定ですが、そんな時だからですか、デパートの福袋がバカ売れしています。何が入っているか、開けてみるまでのお楽しみ。さて、ぼくたちにとって、今年のオペラ界はどんな年になるのでしょうか。
フォン・カラヤンが生誕100年。彼の膨大な録音から、いろんな組み合わせの商品が現れることでしょう。ぼくは彼がORFなんかに残した放送音源、つまりライブ録音の出現を期待します。さしずめ51年、バイロイト祝祭再開時のRING、「ラインの黄金」と「ジークフリート」は非正規音源ながら、CDで聞けますが、「ワルキューレ」と「神々の黄昏」は日の目を見ていません。前者の第3幕だけはEMIに貧弱な正規録音がありますが。
ザルツブルクの「ドン・カルロ」と「トロヴァトーレ」それに「ドン・ジョヴァンニ」、またウィーンの「タンホイザー」や「トロヴァトーレ」、ベルリンの「ルチーア」なんかは正式に商品化されましたが、他にもぼくの手元には見つかれば求めた何組かのライブ録音があります。
「影のない女」「魔笛」「ドン・ジョヴァンニ」(共にウィーン、フリッツ・ヴンダーリヒのドン・オッターヴィオ!)「薔薇の騎士」(スカラ座)「神々の黄昏」「魔笛」(ザルツブルク祝祭、前者は復活祭)――エトセトラ。映像ではなんたって60年のザルツブルク祝祭の「薔薇の騎士」やおまへんか。
オペラいろは歌留多 『た』 宝の山の放送録音
レコード・ファンの中には、ライブ・レコーディングを嫌う人がいる。曰く、拍手を始めとしたノイズが多い、演奏にミス・テイクがある、録音のグレードが低い、などなど。録音上の問題点は、スタジオ録音に比較して不利な要素は多々あるにもせよ、他のポイントは、ひっくり返せばメリットなのだ。一に臨場感の問題。オペラ・ハウスやコンサート会場の、そこに充満した熱気を封じ込めたような仕上がりは、幾らミスが無いとは言っても、スタジオ録音では感じられないものだ。拍手だって、歌手たちの足音やドアの開け閉(た)て、指揮者の鼻息や足踏み、唸り声といったノイズは、生身の人間のその瞬間の呼吸を切り取った生々しさだ。これらを理解せずして、何が音楽だろう。
もちろん良く録音された演奏とは申せ、所詮は音の缶詰なのだ。その会場に居ながらにして演奏者たちと同じ空気を呼吸している人間とは同じとは申せない。言うならば擬似体験。その場に居合わせたような気分になっただけに過ぎないだろう。しかし、これがすべからくライブ録音の価値なのだ。そして聴く側の受ける喜びなのだ。
過去の偉大な音楽家の演奏。一期一会のオペラやコンサートの記録。中にはバイロイト祝祭のライブ録音のように、始めからレコードにするべく録音した場合も存在する。
映像を伴うオペラやコンサートを、逸早く実施して来たのは、何を隠そうオペラ後進国たる日本であった。何よりもNHKに感謝しようではないか。数々のコンサートの記録を、そして8回にもわたったイタリア・オペラの映像を――。クナッパーツブッシュの映像が日の目を見出し始めたオーストリア放送(ORF)のアーカイブに感謝を! ザルツブルク祝祭の、ベームの『ナクソス島のアリアドネ』や『フィガロの結婚』。言わずもがなの、フルトヴェングラーの『ドン・ジョヴァンニ』やカラヤンの豪奢を絵に描いた『薔薇の騎士』の映像! もっとも、この映像は劇場用映画として撮影されたものだったが。
ライブ録音と一口には言うけれど
単にライブ録音とだけ申せば、あのマリア・カラスのスカラ座のそれがある。DECCAのワーグナーとは違って、貴重なチャンスを逸したEMIが、今や恥も外聞も無く商品化しているカラス音源の中で、放送音源は一体幾つあるのだろう。ベルリンの、あのカラヤン指揮の『ルチーア』? ハンブルクなんかのコンサート? パリのレジォン・ドヌール勲章のガラ・コンサート? 1つ、全米で最近再放送された音源があるが、これについて後述する。
バイロイト祝祭は、かねてよりバイエルン放送が同時中継を行い、日本では毎年暮れにNHKがそのテープを放送するのが慣わしで、今日に至っている。そしてついに、古い録音が、正規にCD化されてORFEOレーベルで日の目を見始めた。モノ録音ではあっても、エア・チェック音源の非正規CDとは、およそ比べられないものだ。もっとも、DECCA秘伝の録音とは大きな違いだが。
60~70年代に、ぼくはNHK・FM放送のエア・チェックに現(うつつ)を抜かしたものだった。秋になると、まずその年のザルツブルク祝祭のライブ録音が放送された。ベームとカラヤン――2人のカリスマが、いわば主が、音楽祭を引っ張って、モーツァルトはもちろんのこと、ベートーヴェン(フィデーリオ)、R・シュトラウス、ヴェルディ(ドン・カルロ、オテッロ)などなど。そのうち幾つかは非正規音源によるCD化によって、ぼくたちの耳にも親しい。
そんなエア・チェック・テープの中で、ダントツの愛聴音源がある。72年と言えば、ミュンヘン・オリンピックの年だ。大挙来演したのはスカラ座。指揮はクラウディオ・アッバード。
演目は『アイーダ』だ。オペラが始まり、いきなりラダメスがきっぱりと歌う、名アリア[清きアイーダ]。30歳に乗ったばかりのプラシド・ドミンゴがきっぱりと歌う――これは如何なるドミンゴ嫌いでも、拍手を惜しまぬという歌いぶりだ。歌い終わって、続いて王女アムネリスの出――大向こうから大きな一声「Brava!Diva!」
フィオレンツァ・コッソットのお出ましだ。配役は、タイトル・ロールがマーティナ・アーロヨ、ランフィス、ニコライ・ギャウロフ、アモナズロ、ピエロ・カップッチッリ。オケととコーラスは、もちろんミラノ・スカラ座。これまた如何なるアッバード・オンチでも脱帽の、熱気溢れた『アイーダ』だ。ベストの放送音源だろう。
ミュンヘンと言えば、あのエディタ・グルベローヴァだって、貴重な放送録音があった。ぼくの手元にも、『マノン』なんてものがある。
古い放送音源は、何が眠っているか想像も出来ない。たとえきっちり録音されていても、それがエア・チェック・ソースではやはり音質に問題があろう。放送局の原テープから起こされたCDが、それを如実に物語っている。
ある放送録音の真実
最近になってNHKが放送してくれるが、昔から全米にどんどんライブ録音を放送していたのはMETだった。昨07年の1月に、中でも重要なライブ録音が再放送(!)された。56年、初めてMETに登場したカラスが、満を持して歌ったオペラの1つ『ルチーア』。放送した日のデータは、12月8日となっていて、記録としてはどんな本にも、その日カラスは2回目の舞台を務めたことになっている。しかし、これが間違いなのですね。間違いなのです!
実は、その日にカラスを一目いや一耳しようとて(!)、METに赴いた人がいらっしゃる。
その人、S氏が見たものは? 何と『蝶々夫人』だった! その時手にしたパンフレットのコピーが、ぼくの手元にある。カラスは『ルチーア』をまず3日に歌った。おそらく録音はそのステージのものと思われるが、これって生中継では無かったのだろうか? データはオペラ・ハウスの予定が、間違いなく上演されたと信じて、作成されたものと思われる。
音質のよろしくないCDを、ぼくはそれまで聞かずにいたが、今回の貴重な放送をパソコンで受信し、それをダビングしたものを人さまからいただき、聴くことが出来た。好事家の評価の通り、この日のDIVAは調子が悪そうだ。しかし、やはり余人には非ず、カラスはカラスだった! 音質も素晴らしい。NHK・FMでぜひ放送して欲しい音源だ。
調子が悪かろうが、最盛期を過ぎていようが、そんなことは構わない。カラスのライブで、放送局に原テープが残っているものは、すべからく公開するべし。要は、ドキュメントとしての価値あり、なのだ。BBCの音源で、『アイーダ』はTESTAMENTが出してくれたが、『ノルマ』と『トラヴィアータ』そして『トスカ』が眠っている。
今ひとつの放送音源とは何か
放送局が電波に乗せた音源は、何もライブ録音だけではない。ドイツなどの場合、商品化されたレコードを電波に乗せると、何でも経費がバカにならず、従って、自前で録音した音源を放送するのが普通だったそうだ。だから、各地の放送局が独自にオーケストラを持ち、それぞれ多様な音楽を録音しては放送した。そんな音源の中には、バイエルン放送のオーケストラのように、度々来日するメジャーな団体ならではの、最初から商品として発売することを目的とした場合も存在する。中には当初発売はされなかったが、後年日の目を見た大物録音に、クーベリック指揮の『パルジファル』なんてものがある。
時おり、そんな放送局の録音が、廉価なボックス物として目に付く。ケルン放送が制作した音源によるオぺレッタ選集なんかがそうで、『マリッツァ伯爵令嬢』にフリッツ・ヴンダーリヒなんて名前が見つかって、ドキッとさせられる。一頃WARNER FONITレーベルで出回ったイタリア・オペラのシリーズも、イタリア国営放送の放送用音源なのだろう。ヴェルディの若書きオペラのコレクションには手頃なセットだった。
今ではEMIの商品だが、海賊盤は劣悪な音質でファン泣かせだったフルトヴェングラー指揮のRING全曲。これもイタリアで放送用に制作された録音だった。
音楽だけのケースに限ったが、映像を取り上げたら、これはもっと複雑かも知れぬ。カラスの『トスカ』第2幕のみ収録という例に代表された、テレビ向きの映像。その中には、アメリカがテレビ時代に突入した時に制作された、スタジオ収録のオペラの中にも、きっと貴重な映像が眠っているのだろう。カラス以外のオペラ歌手、その中ではフランコ・コレッリばかりが大もてで、NHKのテレビ中継用映像まで掘り出された。その点日本は映像収録先進国で、あのヴィーラント・ワーグナーの最晩年の演出も、モノクロながらシャープな映像として残されている。早く封印(!)を解かれて欲しいものだ。
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