オペラいろは歌留多「ね」
オペラ・ファンの皆さん、今日は。ジュゼッペ・ディ・ステーファノが亡くなりましたね。伝えられたところでは、何でも滞在先のアフリカ、ケニアで、暴漢に頭を強打されて、意識を失
い、ミラノの自宅へ戻ったものの、昏睡から醒めることなく、亡くなったそうです。どういう因果が、この名歌手の人生の、このようなエンディングへと導いたものでしょうか。
オペラ辞典(音楽之友社)によれば、初来日は67年とあります。実は、ぼくにはこの事実がまるで記憶から欠落しているのですね。リサイタルを開催したものでしょうか。
73年に、カラスと声楽コンクールの特別審査員として、また翌74年のカラスとのジョイント・コンサート――これはもちろん意識の中。そして75年の『トスカ』。これは、彼の来日唯一のオペラ出演でしたか。左に掲げたのは、そのチラシです。そう、カラスのオペラ復帰第1作=日本単独公演と特筆大書されたオペラ公演のチラシなのです。結果は、当時男女の関係にあったお二人の、仲違いが原因で、この壮大な企画はまぼろしに終わりました。でも立派にオペラは上演されましたよ。カラス自身が直接頼み込んだ(!)、モンセラート・カバリエが初来日し、トスカを歌いました。
ぼくの手元に、この時のエアチェック・テープがあります。残念ながらカセット・テープ。オープン・リール・テープでどうして録らなかったものでしょうか。カバリエを知らなかったものでもなし。せっかく手に入れていたチケットは、キャンセルしました。\30,000でしたよ。
名歌手の訃報からこの方、彼の録音を調べてみたのですが、この人くらいステレオ録音に見放された歌手も珍しい。カラヤンの旧盤の『トスカ』(あのカルショーによるレコーディング!)以外に、『愛の妙薬』『ラ・ジョコンダ』『運命の力』がありますが、これらはどうやらステレオ録音らしい。EMI録音(カラスとの)は全てモノーラル。カラヤン盤の他はHMVの通販リストには在庫も無さそうです。忘れられたか、一代の名テノール!
オペラいろは歌留多 『ね』 願わくば日の目を見たいこのオペラ
せっかくパリ・オペラ座が大所帯で来日するというのに、発表された演目の意外さはどうだ。フランス・オペラは、それでなくとも未開拓のオペラの森だ。『カルメン』や『サムソンとダリラ』以外に、上演する名作オペラは数多く存在する。何しろオペラ後進国なのだ。
それに、自国のスター歌手だっているだろうに。『ラクメ』『タイース』『ウェルテル』『マノン』。『トロイ人』は無理かも知れぬが、ホーム・ページを覗くと、『ルイーズ』や『ユダヤの女』なんかがあるじゃありませんか。デュカスだけでは、星1つだろう。
フランスの森は、近未来のお楽しみとして、今年のビッグ・ニュースは、秋のペーザロ・ロッシーニ・フェスティバルの来日だろう。それもセリア2本立てと来たもんだ。チラシには「ロッシーニ再発見」とありますが、ことセリアに関してはまるで未知なる世界だ、ここは「ディスカバー・ロッシーニ」でありましょう。
関西でも異変が起きた。いずみホールが『ランスへの旅』を取り上げる快挙に出てくれた。一体どのカンパニーが上演してくれるか、とぼくなんか興味津々だった。07年の『ルチーア』に続く、岩田達宗氏プロデュース・演出による、同ホールの自主企画ホール・オペラの新制作だ。歌手陣の中に、佐藤美枝子さん(コリンナ)や久保田真澄さん(ドン・プロフォンド)などの東京での経験者たちが混じっているのが、何より心強い。それに比べると、関西二期会の『セビリャの理髪師』は、今更の感は否めない。せめて『アルジェのイタリア女』なんかが出ておれば、万々歳だっただろうに。しかし、スポレート歌劇場の『ラ・チェネレントラ』を加えると、半年の間にロッシーニが3作も出る年なんて、まずは驚きだ。
知らないオペラを尻込みしてはならぬ
今年の演目は『リゴレット』(昨07年は『ラ・トラヴィアータ』だった)の、バーデン市立劇場。何しろ仕込みの価格破壊的外来オペラ団として有名だが、これまでもなかなか優れたオペレッタの舞台があった。本来は、その路線で、日本人歌手では不毛のオペレッタ・シリーズを続けて欲しかった。例えば、『メリー・ウィドウ』しか作品を書いていないみたいなレハール。招聘を手掛けている女性プロデューサーに、『ほほえみの国』でも持って来させれば、と水を向けたら、地方の公共ホールの担当者が知らない演目は、買い手がつかないからダメだと一蹴されてしまった。『椿姫』や『リゴレット』だったらよく知られているのだろうな。そう言えば、この秋には『トゥーランドット』が東欧圏のオペラ団で鉢合わせする。アリア[誰も寝てはならぬ]を誰もが知っているから、地方に売り易いものか?
パリ・オペラ座が『カルメン』を避けたのは、見識だった――いやいや、自前の歌手に、適当な名前が見当たらなかったからかも知れぬ。このオペラで、安直に外国人という訳にも参るまい。それにしても、『トロイ人』を見てみたいね。東京にしかるべき小屋が無ければ、兵庫芸文だけで回数をこなせばどうだろう。
馴染みの無いオペラ、『アリアーヌと青ひげ』なんて、その好例だろうか。売れ行きはどうか知らぬが、今回の目玉はこのオペラだ。断じて『トリスタンとイゾルデ』ではあるまい。
しかし、ぞっとしないね。もっと心躍る「未見の名作」がありそうだ。
旧聞だが、89年にウィーン国立歌劇場が、スペシャリスト、アッバード指揮の『ランスへの旅』を持って来た時だ。さしものお江戸でも、簡単にソールド・アウトしなかった。初日を見た人が余りの素晴らしさにおったまげて、満員御礼となったそうだ。この時、一番人気は『魔笛』だったとか。
ことほど然様に、この国では定番もの信仰が根強い。だから、フォルクス・オーバーが何度やって来ても、常に『こうもり』だし『メリー・ウィドウ』だ。今回は『マルタ』が出るが、これは例外だ。『白馬亭にて』なんかはさらさら望めぬし、『小鳥売り』や『サーカスの女王』や何かはおろか、未知のレハールだってお呼びじゃなかろう。
外来オペラ団の演目に、知らないオペラがあれば、定番モノはさて置き、注目したい。もっとも、今回のパリのバルトークとヤナーチェクの2本立ては論外と思いたい。
知られざるロッシーニの森の中へ
『マホメット二世』と『オテッロ』の2演目――こんな魅力的な組み合わせはそうざらにあるものじゃなかろう。マエストロには申し訳ないが、『フィデーリオ』と『コジ・ファン・トゥッテ』とは大違いだ。コンサート形式の『ロベルト・デヴリュー』? 何を今更、の感が無きにしも非ずだ。Divaのファンに叱られようか?
ペーザロの来日は、この後進国のオペラ理解が、少しは進化したものか、と思いたい。
まさしく知られざるロッシーニなのだ。ルネッサンスではありませんよ。初物尽くしなのだ。ヴェルディの陰に隠れて、ほとんど未知の『オテッロ』。何しろ、主要な役が全てテノールというオペラだ。PHILIPSには、ホセ・カレーラスとフレデリカ・フォン・シュターデの名録音がある。『マホメット二世』もある。ぜひ再発売していただこう。
びわ湖ホールの快適な空間に、ロッシーニ・クレッシェンドが鳴り響く――さぞかし気持ちのいいことだろう。デズデーモナが歌い出す[柳の歌]の、あの絶妙なハープの響き。バルトリの『ロッシーニ・アリア集』(DECCA)で初めて聴いた時の驚き。これがロッシーニ?
毎年でなくとも、ぜひまた来日することを祈ろう。その時は、ぜひ『湖上の美女』を。え、『セミラーミデ』? こたえられませんな。そのうちスカラ座が『ウィリアム・テル』を持って来てくれるだろう。今年はいわば「ロッシーニ元年」だ。発見の年なのだ。
そして、それはまずは『ランスへの旅』から――関西勢の歌手の皆さん、心して歌っておくれ!
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